大阪高等裁判所 平成11年(行コ)56号 判決 2000年2月18日
控訴人
中西賢次
右訴訟代理人弁護士
村松昭夫
同
杉本吉史
被控訴人
東大阪税務署長 元野俊明
右指定代理人
黒田純江
同
原田一信
同
杉田善紀
同
吉原宏尚
同
豊田周司
主文
一 本件控訴を棄却する。
二 控訴費用は控訴人の負担とする。
事実及び理由
第一当事者の求めた裁判
一 控訴人
1 原判決を取り消す。
2 控訴人の平成三年分、平成四年分、平成五年分の所得税について、被控訴人東大阪税務署長が平成六年一二月七日付けでなした各更正処分及び過少申告加算税の各賦課決定を取り消す。
3 訴訟費用は第一、第二審とも被控訴人の負担とする。
二 被控訴人
主文と同旨
第二事案の概要
次のとおり当審における控訴人の主張を付加するほか、原判決の「事実及び理由」中の「第二 事案の概要」欄に記載のとおりである(但し、原判決一五頁三行目の「存在の存否」を「存否」と改める。)から、これを引用する。
一 本件税務調査の違法性について
原判決は、山田調査官の税務調査が国税庁の「税務運営方針」に反するもので、社会通念上不相当なものであるとの控訴人の主張に対し、税務運営方針の規範性に何ら触れるところなく、事実経過につき証拠に基づかず、経験則に反する事実を認定して、結果として本件税務調査の適法性を肯定した誤りがある。
1 事実認定の誤り及び遺漏
(一) 税務運営方針は、事前通知の励行に努めると定めているのに、山田調査官は、平成六年八月二日事前連絡なく控訴人の事業所を訪れたものであり、また、何ら調査理由を明らかにすることなく帳簿の開示を求めたが、この点も税務運営方針に反する。同日の山田調査官と控訴人のやりとりにつき、控訴人の都合が付く日を翌日電話連絡して設定するとの控訴人の申し出を山田調査官は一旦は了解しながら、更に「どうして今話ができないのか」などと非常識な態度で帳簿の開示を執拗に求めたが、原判決はこの事実も認めていない。
(二) 同年八月三、四日及び同月一八日及び二二日の電話のやりとりにつき、控訴人が同月一八日の午後に電話を入れることになった際、山田調査官が帳簿書類も揃えておくように伝えた事実はない。
(三) 同年九月八日、事業所で面接した際のやりとりにかかる原判決の事実認定は誤りである。控訴人は、記帳補助を受けていた民商の鈴木事務局員に同席を依頼し、玄関先に山田調査官用の椅子を用意し、毎日の収支を記載した自主計算帳を揃え、調査に応ずる姿勢を示していたのに、山田調査官は、鈴木事務局員が同席しているとみるや、同人の排除を求め、同人が記帳にどのように関与していたかを確認することもなく、同人の排除に固執し、調査理由及び同席排除の理由につき納得できる説明をせず、一方的に控訴人が調査に協力しないものと決めつけた。
(四) 同月九日山田調査官は再び事前連絡なく控訴人事業所を訪れ、この点を非難し、第三者の立会いを排除する考えはないとする控訴人に対し、反面調査に入る旨を告げて立ち去ったものであり、このとき、山田調査官において、第三者の立会いのないところで帳簿等を提示して調査に協力して欲しいなどの言及はなかった。
なお、同月一二日山田調査官は反面調査に着手している。
(五) 同月一三日山田調査官は控訴人事業所を訪れ、「反面調査に入ります」と控訴人に告げて退去したが、この事実の認定を原判決は逸脱している。同月二二日再び山田調査官は控訴人事業所を突然訪れ、調査に協力することを求めたが、控訴人が「調査に協力しないとは言っていない、連絡なしに突然来るのは何故か」と説明を求めると退去し、帳簿の提示を求めたことはない。
(六) 一一月九日山田調査官は控訴人事業所を訪ね、控訴人の不在に従業員に対し「計算ができたので説明に来た。そのことを伝えておいて下さい。」と告げて帰ったが、原判決はその評価をしていない。守秘義務を理由に民商事務局員の立会いを排除しながら、控訴人の重大な秘密を従業員に漏らしていることこそ守秘義務違反というべきである。
その後控訴人の電話で山田調査官は同月二九日に来訪することとなったが、一七日に控訴人事業所を訪れ、二九日は「立会人がいるようだから三年間の数字を開示する」として、早口に数字を述べて帰って行った。このときのやりとりにつき、原判決の認定する控訴人の言動はなかった。
(七) 同月二九日山田調査官は控訴人事業所を訪れ、鈴木事務局員のみが同席するところで、同月三〇日中に修正に応じなければ職権で更正処分をする旨告げた。原判決の事実認定はその際のやりとりにつき不十分であるうえ、第三者の立会いのない状況での帳簿の提示を要請したとする部分は事実誤認である。
2 調査手続の違法
(一) 原判決は、所得税法二三四条一項の質問検査権の範囲、程度、時期、場所等実定法上特段の定めのない実施細目については、質問検査の必要があり、右の必要性と相手方の私的利益との衡量において社会通念上相当な限度に止まる限り、これを権限ある収税官吏の合理的な選択に委ねたものと解されるとする。しかし、調査指針である税務運営方針にもあるとおり、税務当局は調査対象者に不利益にならないようできるだけ適正な方法を選択すべき義務を負い、税務運営方針は、収税官吏の裁量権を規制しているのであるから、調査対象者に著しい不利益を与えるような選択は許されず、そのような選択は裁量権の逸脱として違法となる。
(二) 記帳補助者の同席の必要
税務職員に対し、専門的知識・能力とも格段に劣る調査対象者が、質問に適切に答え、税務職員の行為を監視するためには、助言、援助を与える者が同席することが必要不可欠であり、同席の要望があったときに税務職員はその要望に答えるべき義務を負う。税務職員は、右の同席の希望があったときは、これを拒否すべき具体的・相当な理由がない限り、これを拒否することはできず、拒否をしたときは調査は違法となる。
控訴人は、それまで民商事務局員に記帳上の指導を受け、記帳補助を受けていたから、山田調査官がその同席を排除する合理的理由は見いだし得ない。
(三) 山田調査官の調査の違法
前記1の経過から明らかなとおり、山田調査官の調査は社会常識を著しく逸脱したものであるうえ、税務運営方針にも反し、事前連絡なく再三控訴人を来訪して業務を妨害し、期日の設定も無視し、記帳補助者である民商事務局員の同席を理由に調査を拒み、当初の来訪以来控訴人に対し帳簿の開示を求めたこともないのに、控訴人が調査に応じないと一方的に認定し、いきなり反面調査を開始したもので、社会通念上相当な調査とは認められない。
山田調査官の行為は税務職員に与えられている裁量権の範囲を逸脱した違法がある。
(四) 守秘義務について
山田調査官の民商事務局員の同席排除の理由は守秘義務にあるが、前記の通り民商事務局員は控訴人の取引先の秘密も知っており、同席による秘密漏洩は問題とならないほか、山田調査官は他の民商会員に対する調査においてはその同席を認めた上で調査をしているのであり、山田調査官がいう守秘義務は何ら合理的理由となり得ない。
二 推計の不合理
原判決は本件推計を合理的なものと判断するが、控訴人の問題としている各種主張をすり替えた判断をしている。
1 控訴人が問題としている推計に係る争点の一つは、被控訴人の抽出に係る同業者の抽出過程に恣意が介在していないか、あるいは同業者の集計や計算において誤りが生ずるおそれがあるのではないかとの点であり、この経過が正確であるか否かの確認のため、同業者の営業上の秘密を保護しながら青色申告書の内容を提出する方法があるにもかかわらず、何らの資料も提出しない被控訴人の立証は許されないとの点である。にもかかわらず、原判決は、核心部分である右の過程につき何らの証拠もなく被控訴人主張のまま認定しており、著しく採証法則に違反する。
2 次に、原判決は、被控訴人が抽出した同業者と控訴人との類似性が確保されているか疑問であるとする控訴人の主張に対しても明らかに的はずれの判示をしている。
更に、原判決は、控訴人は売上げに比して、外注費やアルバイトなどの経費が極めて多く、被控訴人の抽出基準はこの点を全く考慮に入れていないと主張したのに対し、これを退けているが、提出証拠の検討の上での判断ではなく、理由を述べてもいない。
3 また、控訴人は、被控訴人が三種の推計方法を用いたこと自体を問題としているのでなく、このうち、控訴人の前記営業形態から、外注費を正確に反映することができる推計方法を用いるべきであり、それが可能でありながら本訴の推計方法を用いて推計課税した不合理性を問題としたものであるのに、原判決は、被控訴人が三種の推計方法を用いたこと自体を問題としていると歪曲した判断をしている。判断の回避といわざるを得ない。
4 原判決は、控訴人が、昭和六〇年から昭和六二年分の異議決定時の推計方法あるいは比較的業態が類似すると解される吹田A、西宮Bの算出所得率を用いたより合理性のある推計を行ったことに対し、提出証拠のみでは控訴人主張の推計方法が合理的であると認めることはできないと判示する。しかし、控訴人は外注先の領収証を提出しているだけではなく、仕事の形態、外注単価などからみて控訴人が一〇〇〇万円以上の売上げを上げるには外注に大きく頼らざるを得ないことを立証している。
第三当裁判所の判断
当裁判所も、控訴人の請求中、控訴人の申告所得額を超えない部分は不適法であり、その余の部分は理由がないと判断するものであるが、その理由は原判決二四頁二行目の「帳簿組織」を「帳簿書類」と、同二七頁六行目の「原告は」を「控訴人が」とそれぞれ改め、同二九頁七行目の「要請したが、」の次に「控訴人は、」を加え、次のとおり、当審における主張に対する判断を加えるほか、原判決の「事実及び理由」中の「第三 当裁判所の判断」欄に記載のとおりであるから、これを引用する。
一 調査手続の違法について
控訴人の主張は、事実認定に対する批判など多岐に亘るが、調査手続の違法に関する主要な主張は、<1>山田調査官の控訴人事業所の臨場は、再三に亘り事前連絡なく行われ、調査理由の説明もないままに行われたもので、これによる控訴人の営業の阻害など調査対象者に著しい不利益を与えたもので、規範性を有する税務運営方針に反する、<2>控訴人と山田調査官のやりとりの中で、平成六年八月三日以降山田調査官が帳簿の提示を求めたことや、これを揃えて置くよう求めたことは一切ない、<3>山田調査官は、調査対象者の権利擁護に必要で、手続の適正にも資する記帳補助者の立会、同席を合理的理由なく拒否し、拒否につき納得できる理由も説明しなかった、<4>控訴人が調査に応ずる姿勢を示しているのに、山田調査官は、民商事務局員の立会い等を理由に一方的に控訴人が調査に応じないと認定して、突然反面調査に入った、<5>守秘義務を理由に民商事務局員の立会いを拒否しながら、控訴人の従業員に秘密を開示する違法を犯した、<6>質問検査権の範囲、程度、時期、場所等につき、山田調査官に一定の裁量権が認められるとしても、調査対象者である控訴人に<1>ないし<5>のような著しい不利益を与えた本件調査は、裁量権の逸脱として違法である、というにある。
しかしながら、<1>については、税務運営方針は、税務調査、処分等において、局、部及び税務職員が留意すべき事項を定めているが、「できるだけ」とか「励行に努める」などの記載から明らかなように、税務運営における一般的指針、努力目標を定めるもので、それ自体が規範性を有するとは認められない。確かに、右の指針の違反の程度が著しく、これによる調査対象者等の不利益が社会通念上甚だしい場合は、手続の違法を来すこともあり得るが、本件においては、控訴人の利益が、調査の必要性との衡量において、甚だしく害されたとまでは認められない。
次に、<2>については、原判決の事実認定は掲記の証拠に照らし相当である。もともと、山田調査官の調査の主眼は、控訴人の帳簿等の開示にあったのであって、調査の着手の時点以外、山田調査官がその開示を求めなかったとは到底考え難い。
<3>については、鈴木事務局員が具体的に記帳補助をしたり、そのアドバイスをしたとの事実はなく(弁論の全趣旨によれば、鈴木事務局員は前任者を引き継いだに過ぎないものと認められる。)、控訴人の帳簿との関わり等立会いを求める具体的事情も申告されなかったというのであるから、その立会いを認めなかったことが違法とは解されない。
<4>については、原判決認定の事実経過に照らし、控訴人主張事実を認めることはできない。
<5>については、山田調査官の控訴人従業員に対する伝言内容は原判決認定のとおりであり、その趣旨は結果が出たことを伝達して欲しいという以上ではなく、もとより税務調査の結果・内容を従業員に告げたものでもないから、これをもって控訴人の秘密を開示したものとはいえない。
以上からすれば、<6>も理由がない。
二 推計の不合理の主張について
控訴人は、原判決は控訴人の問題としている各種主張をすり替えて判断していると主張する。
しかし、原判決は、被控訴人提出証拠により、被控訴人の抽出に係る同業者の抽出過程に恣意が介在せず、集計や計算において誤りがないものと認定したものであり、その原始資料となる青色申告書の提出がないまま被控訴人主張どおりの認定をしたからといって、この認定が採証法則に違反するものとはいえない。
次に、原判決は、推計の性質上、厳格な類似性の確保は望み得ないが、被控訴人が抽出した同業者と控訴人との類似性は、同業者の抽出過程における限定等により一応確保されているとし、控訴人の各種主張に対し判断をしているほか、本訴の推計方法を相当としているものであり、控訴人主張の判断の回避もない。
また、控訴人は昭和六〇年から昭和六二年分の異議決定時の推計方法あるいは比較的業態が類似すると解される吹田A、西宮Bの算出所得率を用いた推計がより合理性があると主張するが、控訴人提出証拠のみでは控訴人主張の推計方法が合理的であると認めることはできないとした原判決の判断は相当であり、右判断に控訴人主張の違法はない。
第四結語
よって、これと同旨の原判決は相当であるから、本件控訴を棄却することとして、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 武田多喜子 裁判官 正木きよみ 裁判官 三代川俊一郎)